分からないことが増えると、仕事は怖くなりやすい
仕事が怖くなるときは、気持ちの弱さだけで起きるわけではありません。
先が読めない、何を基準に動けばいいか見えない、どこで失敗するか分からない。そういう状態が重なると、目の前のことは急にやりにくくなります。
恐怖の話は、つい気合いの話に寄りがちです。
でも実際には、もっと手ざわりのある状態として出てくることがあります。
- 頭が回りにくくなる
- どうしたらいいか分からなくなる
- 目的より、目の前の処理だけを追いやすくなる
ここで見たいのは、怖さの有無より、何が見えていないかです。
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平気に見えるときほど、見えていないものが多いことがある
現場では、反応のズレとして次のような形が出てきます。
- 優先順位の変更が伝わっているのに、切迫感が見えない
- 指摘を受けても、行動や判断の更新が起きにくい
- 組織の時間や注意が消耗しているのに、当人はあまり危機感を示さない
こういう場面は、怠けているとか、意識が低いとか、それだけで読むとずれやすいです。
起きているのは、状況の受け取り方がうまく働いていない状態かもしれません。
先が読めない。どこで失敗するか見えない。何を優先すればいいか分からない。
こうした不確実性が重なると、人は判断や行動を更新できなくなり、結果として固まる、あるいは回避する方向へ動きやすくなります。
このとき表面に出ている平気さは、余裕ではなく、認識の解像度が不足している状態の現れとも読めます。
感じている怖さは、ただ消すべきノイズではなく、
「まだ見えていないものが多い」と知らせてくれている反応、と読めます。
見えていないものが多いほど、判断は狭くなりやすい
先が読めないと処理が増える
相手や状況の正体がつかめないとき、人は次に何が起きるかを読みづらくなります。
そうなると、頭の中で処理しないといけないことが一気に増えます。
仕事が怖くなるのは、その読みづらさや不安定さに反応している面もあります。
- 対象の理解がまだ粗い
- 結果の見通しが立っていない
- どこに注意を向けるべきかが曖昧なままになっている
怖さが出るときは、このような状態と分解できるかもしれません。
そもそも見えないものが多い
クリエイティブの仕事は、毎回同じ流れで片づく仕事ではありません。
相手が何を求めているか、何をもって良しとするか、どこから先にやるかが、途中で変わることも。
不確実さはこのような要素から生まれやすいです。
だから、仕事が怖くなること自体は、そこまで特別なことではありません。
問題になりやすいのは、何が見えていないのか分からないまま、その状態を放置することです。
修正のきっかけを見つける
社会の中では、ときに「怖がらないこと」が強さとして扱われます。
そのため、怖さを表に出さず、平静に振る舞うこと自体を目指してしまう場面もあります。
でも、怖さを出していないからといって、状況をきちんと捉えられているとは限りません。
このあたりで、差がつきやすくなります。
- 優先順位の変化にうまく反応できているか
- 失敗のコストを見積もれているか
- 学習や修正の必要性が本人の中で立ち上がっているか
怖がらないことを理想にすると、危ない場所や学び直しが必要な場所まで見えにくくなりやすいです。
その結果、直しが遅れる。同じ失敗が続く。周囲の時間や注意も削られる。そういう形で問題が出やすくなります。
まず見たいのは、何が見えていないか
- 分からないことが増えると、仕事は怖くなりやすい
- 問題は怖さそのものより、何が見えていないかを捉えないまま進むことにある
- 学習や構造化は、見えていない部分を減らすためにある
分からないことが多いほど、反応は荒くなりやすいです。
逆に、対象を知り、何が分かっていて何がまだ分からないかを分けていくと、反応の出方は変わりやすくなります。
ここでいう学習は、気合いで慣れることではありません。
ぼんやりしていたものの輪郭が見えてくること、と置いた方が実態に近いです。
理解が進むと、全部が怖い状態から、どこを見ればいいかが少しずつ分かる状態へ移りやすいです。
怖さが完全になくなるとは限りませんが、少なくとも仕事の進め方は整いやすくなります。
仕事の怖さをただ消そうとするより、何が見えていないのかを見る方が、続いていくための土台は整えやすくなります。